↑こんもり野菜の納豆チャーハン 器は数年前「ざったや」で300円で購入
朝から今夜はオムライスだ!とうかれる姉妹。
だがしかし、冷蔵(凍)庫内には特売の納豆がわんさか幅をきかせていて、姉はその決断をあっさり翻す。
昨日おつとめ品だったから買ったのに、値引きされてなかった(気づいたけど混んでたのでクレームつけず)、
そのうっぷんを、中華なべとガスコンロの炎で昇華させてしまいたかった。
もやしと小松菜をごま油でしゃきんと炒めてざるに
ごはんに、とき玉子とおねぎ
塩・こしょうををまぜまぜ、
中華なべに油をあっつあつに熱したとこに納豆を投入
んで玉子ごはんをうつす→じゃっじゃっ→めんつゆたらーっ
お皿にうつして、お野菜こんもりのっけてかつおぶし、はいできあがり
たとえ味はふつうでもよ、見た目よろしいと「おいしさの匙かげん」がアップするでしょう。
このこんもりはけっこう大事だよね。でも小松菜、半生だったからこのあとレンジでちんしました。暴露。
またブログのデザイン変えましたが、この色味がすきです ↑のちょうちょが鳥だったらもっとよかったな。
↓いちばん下の草花がめんこい。春だしな、すこしガーリーにしてみた(だれですか、わらったのは)。
さっきことらと昔の写真をみた。子どもんときのから、中学・高校。最初のひとり暮らしのころ。旅先。
思春期のころは大の写真嫌いだったので、ひとからもらったものしかない。
京都・奈良への修学旅行。少年の船に乗って行ったグアムサイパン(「アムリタ」の影響)。文化祭。
「このとき(高校のときの髪が5センチくらいしかないわたし)と、いまと、どっちがすき?」
ことらに問われて迷わず、「いま」といえるのが喜ばしいよ。だって根暗すぎた、そこらへん。
うれしいとかたのしいとか、思っちゃいけないような気がしてたからな。そりゃあ、治る腰も治んないわけだわ。
痛いのいいわけに、まわりにひとがいなくてもいいや、なにもなくたっていいやと、むやみやたらに諦めて。
ひとによってはいちばんきゃらきゃらする時期、がんとして動かずやり過ごした。
まるで、地蔵のようだったろう。ふらっと遊びにきてくれただれかが、お供えを恵んでくれんの。
もしくは漬物石。漬物食いたいひとがよいせって持ち上げてくれる。
四万十川ユースでお世話になってたころ、わたしは「毬のようだ」言われた。
よく物に激突してばっかだったからってのは重々承知してる。
でもたった数年でひとは石から毬になれるのだ。短い髪も伸びにのびて、時々背中をつんつん刺激する。
会えなかったひとにだって会えちまうし、その気があればどこへだって行ける。
なんでもかんでも、いつかどうにかなってゆく。
まっくらな穴にいるときは思い出せないだけで。思い出そうとすらしないだけで。
・かんがえたこと・
全国的に、A型とO型の血液不足が懸念されてるらしい。
ダイレクトメールや街頭呼びかけに力入れてもたかがしれてると思うんだよな。
どうせなら24時間までは無理でも、夜間も献血できるようにしたほうがいいんじゃなかろうか。
お勤めのひとにはいまのままの時間じゃ無理があるでしょ、休日は混みこみだし。
ではまたあした